2月17日開催の第41回ツキイチカフェは、南 スヒョンさん( NPO法人京都コリアン生活センターエルファ 事務局長)をゲストに迎えて、「共に生きる社会をめざして」~ケアから考える新しい社会~をテーマに開催しました。
最初に南さんから在日コリアン一世の方たちの送ってきた、過酷な歴史についてお話を頂きました。
戦前日本の占領下におかれていた朝鮮(当時北朝鮮も韓国もないひとつの国でした)の人たちは、労働力として、生きるために日本に渡ってきました。
戦前は日本人として日本語を使うことを強制され、戦後1952年講和条約締結後は朝鮮人に戻り、1965年に日韓平和条約が締結されてから多くの朝鮮人が韓国籍を持つようになりました。
その間、在日コリアンの人たちは、朝鮮戦争などの混乱の時期、韓国へ戻ることができず、非常に過酷な状況下、日本に住み続けざるを得ない状況に置かれました。
さらに、在日コリアンは「国籍条項」により長きにわたり社会保障制度の外で生きてきました。国民年金は1982年まで加入が認められませんでした。
その後国民年金に加入した在日一世の人たちは加入年数が短くなってしまったため、高齢になっても無年金者として年金をもらうことができないという厳しい現実にさらされました。
2000年にスタートした介護保険制度には「国籍条項」がありません。在日コリアンも加入できるようになりましたが、長年過酷な状況に置かれてきた一世の人たちは、「自分たちが加入できるはずがない。」と、あきらめていました。
南さんは、お年寄りの一世の人たちに安心してもらえるよう、韓国語で介護保険に加入して保障を受けられることを説明して回ったそうです。
このように高齢の在日の人たちに理解してもらい、介護制度を利用するようになりましたが、そこには‘’知らないがために生まれる‘’厳しい現実がありました。
介護スタッフから、「昔の懐かしい歌謡曲を歌いましょう」と誘われても唄うことができず疎外感を味わう、「折り紙を折りましょう」と日本の高齢者の人たちがみんな鶴を折っている中で一人折ることができず、疎外感からデイサービスに通うことを拒否するようになってしまう。
ある時、介護スタッフが南さんに、在日のお年寄りの方を失語症の方ですと紹介されました。ところが、南さんが韓国語で話しかけると、韓国語で雄弁に話を返してきた、南さんがなぜ話をしないのか聞いたところ、「自分の日本語は韓国語なまりがあり、周りからバカにされる。話さない方が楽だ!」と説明されたそうです。日本語がよく分からない人たちが、認知症と誤解されることもあるそうです。
NPO法人エルファは、在日の方たちにこのような苦労を強いることなく、ありのままの自分を出して頂ける場所をつくりたいと、2001年に設立されました。建設に際しては、一口500円カンパで1500名にのぼる人たちから約3000万円の寄付を頂きました。
エルファの職員は全員バイリンガルで、食事にはキムチも提供し、在日の人たちが楽しめる娯楽を取り入れ、ありのままの自分を表現できる場を心がけているそうです。
エルファ友の会の呼びかけ人代表を、清水寺森清範貫主が務めて下さり、「在日の方たちの問題は、日本人の問題である」と語っておられるそうです。
参加者にとって南さんのお話は、在日の方たちの長い苦労の歴史と‘’知らない‘’ことが引き起こす深刻な問題を考える時間になりました。参加者との意見交換でも、南さんより「政治的に日韓の関係が厳しい時だけに、私たち民間のレベルでは分かりあえるようにすることが大切。
ヘイトスピーチにより在日の子どもたちも傷いているが、日本の素晴らしい人たちとの出会いが、一番の信頼回復の方法。
お互いに‘’知る‘’ことは簡単なようで難しく、努力がいる。」と、知り合うことの大切さを最後に話されました。
以上