NPO法人フェアプラス 事務局長Blog

奥会津に伝承される「編み組細工」(訪問調査報告)

  • 2018年09月28日

日本の伝統工芸を知ることにより、今後のフィリピン・マリナオ村サンラモン地区での活動を進めるための示唆を得ることができるのではとの考えから、日本の農村に伝わる伝統工芸の調査第2弾として、9月下旬に福島県奥会津地方に伝わる編み組細工の現地ヒアリングを行いました。

 

京都から新幹線と在来線を乗り継ぎ5時間半をかけて会津若松に到着、さらにそこから只見線に乗り一時間半、奥会津の会津宮下に着いた時はすっかり暗くなっていました。


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この日は宮下温泉(福島県三島町)にある町営の宿に泊まりましたが、温泉は少し土色をしたお湯でとても身体が温まり、地元の食材を使った料理もとても美味しかったです。

何より翌朝宿の周辺の散歩に出て息を飲んだのは、森木立を流れる只見川の美しさでした。それは、日本に残る奥会津の里山の美しい風景であり、伝統工芸編み組細工が大切に守られてきた地域を一目で理解させてくれるものでした。

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今回、訪問したところは、伝統工芸のものづくりの拠点施設となっている三島町生活工芸館です。ここで、奥会津編み組細工の伝統の作品、伝承されてきた歴史、使われている天然の素材、そして現在の状況と今後の取り組みなどについてお聞きしました。


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次に生活工芸館の方のご案内で、奥会津編み組細工伝統工芸士会会長の青木基重さんのお宅を訪問。伝統の技を拝見しながら、お話を伺いました。

 

【縄文時代から伝わる編み組細工】

現在に継承される編み組細工の中でも、特徴的な「あじろ編み」と呼ばれる技法は、何と同じ技法で編まれているものが縄文時代の集落跡で発見されました。奥会津編み組細工は縄文時代から綿々と伝わる伝統の技だったのです。

 

奥会津は日本でも有数の豪雪地帯で、今でこそ主要道路の除雪が行き届いていますが、昔は12月から4月の雪の季節は住民の人たちはみんな家に籠って暮らしていました。奥会津編み組細工は、そんな農閑期の手仕事として作られたそうです。


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奥会津編み組細工と呼ばれる商品には、使用している素材により3つの作品があります。ヒロロ細工、山ブドウ細工、マタタビ細工と言われる3つの作品ですが、「編み組細工」と同じ名前で呼ばれても、素材の違いによりまったく違った作品の特徴を持っています。

 

【ヒロロ細工】

ヒロロと呼ばれる細い草を綯い縄状にして、その縄を編んで手提げ籠などを作ります。

編み目が細かく、非常に繊細で、編まれた作品は素朴な美しさがありました。大きさにもよりますが、ひとつ作品を編むのに2週間かかるそうです。


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生活工芸館の玄関前に育てている生のヒロロを実際に抜いて拝見しましたが、私には普通の草と区別がつかず、ひ弱そうに見えるヒロロから強い縄が綯いられ、繊細で美しい籠が編まれていることは驚きでした。


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なぜ、ヒロロという草が用いられるようになったかお聞きしたところ、この地方は米作が少なく、藁があまり取れないため、編みの作業を行える他の素材としてヒロロの草が用いられるようになったそうです。

ヒロロの草は9月ごろ刈り取られ、冬の農閑期の仕事として、繊細な作業を農家の女性たちが担ってきました。


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それに対して、男性の仕事として受け継がれてきたのが山ブドウ細工でした。

【山ブドウ細工】

山ブドウのつるは非常に長く10メートルにも成長して、森の木に巻き付いているそうです。それをできるだけ傷めずに切り出すため、持ち手の長さが6メートルもある非常に長い鎌を使って、木の上の方に巻き付いている山ブドウのつるを切り出します。この山ブドウの切り出しは、水分を十分含んだ6月後半の2週間に決めて行うそうです。


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山ブドウ細工の最初の作業は、切り出したつるから外皮を剥ぎ、その外皮を3時間水に浸けます。外皮が柔らかくなった後、内側の柔らかい部分を剥ぎ出して、肉厚の硬い外皮のみにします。これが山ブドウ細工の材料となります。


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この外皮を繊維の目に沿って、正確に8cmの幅に切りそろえて、「編み組」の紐を作っていきます。ひとつの籠を製作するために必要な外皮を作る、ここまでの作業で、二日掛かるそうです。

その後、非常に硬い山ブドウの皮の紐を、隙間を開けることなく、しっかりと編んで籠を作っていきます。ひとつの籠を作る作業に、2週間を要するそうでした。


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伝統工芸士会会長の青木基重さんに、実際に山ブドウの川で籠を編む作業を見せて頂きましたが、硬い皮をしっかりと編み上げていく手さばきには匠の技を感じました。


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こうして編まれた山ブドウの籠などは、非常に強靭で昔から長く山仕事でも使われているとのこと。生活工芸館には、100年前に使われていた山ブドウ編み組細工のかごなどの道具が実際に展示されていました。

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【マタタビ細工】

13メートルに伸びたマタタビの枝を材料として編まれた編み組細工は、水切れがよいとの特長を生かし、ざるなどの炊事用具に多く用いられてきているそうです。穏やかな生成り色のざるは、非常に高い人気だそうです。


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【伝統的工芸品の指定と村の活性化】

三島町の現在の人口は約1,600人、高齢化率が50%を越える、過疎化・高齢化の問題を抱える町です。町を上げて、古くから伝わる編み組細工を積極的に生かして、町の活性化の問題に取り組んできました。

2003年に「日本の伝統工芸品」としての国の指定を受けました。従来「伝統工芸品」の指定は、西陣織など貴族・公家の文化遺産に対してして行われてきましたが、縄文時代から伝承されてきている伝統の技であることを明確に示していくことにより、日本で最初に農民の文化の伝統工芸として指定を受けることができたそうです。

町ではそれをきっかけに、高齢者の生きがい作り、退職後の仕事作りとして「奥会津編み組細工」友の会を立ち上げ、伝統工芸の復活・推進と日本各地への紹介を始めたそうです。現在編み組細工友の会の会員は150名になっているそうです。

お会いした会長の青木さんも60歳までは、学校の校長先生をされていて、退職後編み組細工を学び、80歳になるまで続けていらっしゃいました。


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【若者の参加と他の文化圏との交流】

高齢者の活性化に続き、三島町では都会から若い人たちに移住してきてほしと、編み組細工を通じた取り組みを始めました。2017年に「三島町生活工芸アカデミー」を立ち上げ、1年間かけて農山村の暮らしを体験する中で伝統工芸を学ぶという講座を開設しました。昨年は4人の若者が参加したそうです。その内二人の若者が年間講座終了後も町に定住し、現在伝統工芸の発展に取り組んでいます。


工芸アカデミー

また、毎年6月第2土日曜日に「ふるさと会津工人まつり」を開催し、町の人たちが作った陶器や木工品を含む伝統工芸品を作り手さん自ら販売するイベントを開催しています。今年は、人口1,600人の町に2日間で26,000人が訪れ、大変な賑わいだったそうです。


工人まつり (2)

さらに三島町では近く国立台湾工芸研究発展センターとものづくりに関する友好交流協定を締結することにしており、私が訪問した翌週にも町からミッションが台湾を訪問、翌月には台湾からミッションが町に来訪することになっていました。

町では、台湾の異文化の伝統工芸との交流を通じて、「編み組細工」の新たな伝統工芸の発展を目指しているとのことでした。

 

【アバカ・マクラメ編みの取り組みへの共感】

今回の訪問を通じて、奥会津での伝統工芸「編み組細工」の取り組みが、伝統を大切に守り、若い人たちへの伝承を進め、町の活性化の取り組みにも位置づけ、異文化との交流を通じて更なる発展を目指すなど、私たちのフィリピン・マリナオ村サンラモン集落での取り組みと非常に共通する点があると感じました。

伝統工芸士会会長の青木基重さんも、フェア・プラスの取り組みが同じ方向を目指していることに共感して下さり、何かご一緒にできたらいいですねとお話しして、今回の奥会津三島町の訪問を終わりました。

 

以上

 

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10月28日開催 ジュエリー作家井澤葉子&写真家金サジ:二人が見た、自然の恵み「アバカ」とフィリピン山村での技術伝承の暮らし

  • 2018年09月13日

1028日開催ツキイチカフェスペシャル

ジュエリー作家井澤葉子&写真家金サジ

二人が見た、自然の恵み「アバカ」とフィリピン山村での技術伝承の暮らし

~マリナオ村サンラモン集落・訪問報告会~

 

澄んだ豊富な水が流れ、豊かな森が広がるフィリピン中部の山村マリナオ村。村人は、自生するアバカの木々から採った繊維を、アバカ・マクラメ編みと呼ばれる古くから伝承される技法で日用品を編み暮らしてきました。

ジュエリー作家井澤葉子さんと写真家金サジさんは、村にホームステイして村の人たちと時をともにしてきました。プロの写真家金サジさんの写真を見て、お二人から村の魅力をお聞きします。

お二人が見た温かい村の暮らし。それはとても懐かしく、私たち日本人が失ってきたものかもしれません。

http://fairplus.doorblog.jp/archives/54136480.html
10月28日ツキイチカフェスペシャル・チラシ表

ゲスト:

<井澤葉子>

英国Royal Collage of Art卒業。ジュエリー作家。2014年からフェア・プラスの活動にデザイナーとして参加。今回2度目のマリナオ訪問。

<金サジ>

写真家。自分のルーツや日常の記憶を神話的世界へと転化させる写真作品を製作している。関西を中心に活動中。キャノン主催の写真新世紀2016グランプリ受賞。


10月28日ツキイチカフェスペシャル・チラシ裏

日時:20181028日(日)14:00 – 16:00

会場:Salon ABCafe

京都市中京区油町屋蛸薬師通柳馬場東入ル

Tel: 090-6823-5456

https://tabelog.com/kyoto/A2601/A260201/26028844/

定 員:20名(要予約)

参加費: 社会人1,000円、学生・会員700 (ワンドリンク&アバカ製コースター付き)申込先:NPO法人フェア・プラス

Tel/FAX: 075-525-0064

Mail:  info@fairplus.org 

URL http://www.fairplus.org/

 

<マクラメ編み>

マリナオ村で伝承されてきた繊細で美しい技法は、子育ての時間の中で育まれ、子どもとともに成長し、次の世代へ引き継がれています。

<アバカ>

バナナのような葉を持つ植物。アバカの繊維は軽くしなやかで、使い込むほど色が落ち着き、肌馴染みが良くなります。

 

以上

 

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  • 16:50 | Edit

京都丹後地方上世屋地区に伝承される「藤織り」(訪問調査報告)

  • 2018年09月09日

フェア・プラスでは、フィリピンで取り組みを行っているアバカ・マクラメ編みと、同じような背景を持つ日本の伝統工芸文化の調査を行っています。日本の伝統工芸を知ることにより、今後のフィリピン・マリナオ村サンラモン地区での活動を進めるための示唆を得ることができるのではと考えました。

 

20188月、京都丹後地方上世屋地区に伝承される「藤織り」について、お話をお聞きするため、藤織り伝承交流館を訪問し、藤織り保存会会長井之本泰さんからお話をお聞きしてきました。


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【藤織り伝承交流館】

 

上世屋は天橋立から車で一時間ほどの所ですが、海岸線から山に入り登っていく標高約400メートルの土地で、猛暑の時期でも心地より涼しい風が吹いていました。

上世屋は山の斜面に美しい棚田が広がっており、日本の里100選にも選ばれています。


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【上世屋の棚田】

 

しかし、冬は厳しく今でも2、3メートルの積雪があるそうです。道路の除雪が難しかった昔は、村で暮らす人たちがお互いに助け合って、家の中に籠って暮らしていたそうです。

村で暮らす人たちは昭和38年の豪雪が契機となって過疎化が進み、48軒あった民家は12軒(24人)まで減少し、小学校の分校も昭和51年に閉校となりました。

今回訪問した藤織り伝承交流館は、この閉校した分校の建物を生かして開かれていました。

 

「藤織り」に使用される藤の木のつるは、上世屋の人たちの暮らしに深く関わっています。村の人たち焼き畑農業を行い、山への依存が高かった。山に多く生えている広葉樹の木から薪を取って暮らしていましたが、薪にする木に巻き付く藤のつるを切り出して、藤織りを織っていました。

村の周辺に自生するアバカの木から繊維を採って「アバカ・マクラメ編み」を編んでいたマリナオ村サンラモン集落の人たちと同じような背景がありました。

藤のつるは、水分を多く含んで繊維を扱き取りやすい5月~7月に切り出し、いくつかの工程を経て繊維を作り、雪に閉ざされる冬に機織りがされていました。


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【藤の木のつる】

 

山への依存度が下がり山に人が入らなくなってくると山は荒廃し、藤織りに使える良質の藤のつるも手に入らくなってきたそうです。また、江戸中期になると肌触りがよく温かい綿花が庶民の間にも普及したことから、それまで農村で衣類や道具に一般的に使われていた「藤布」が使われなくなってことが、「藤織り」の衰退の大きな一因となっています。

現在は村の過疎化と相まって、伝統の「藤織り」が、ほとんど途絶えてしまったわけです。

このような状況は、日本各地の多くの土地で起き、伝統が失われていっています。


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ではなぜ「藤織り」が、この上世屋で発展したのでしょうか?その理由は雪深い土地と藤の木が多く自生していたからだけではありませんでした。井之本さんにお聞きしたところ、江戸中期に各地で綿花の栽培がおこなわれるようになりましたが、雪深い上世屋では綿花の栽培がうまくいきませんでした。一方、丹後地方は「ちりめん」の産地として有名で、農村の若い女性はちりめん問屋に奉公に出て、機織りをしていたそうです。そこで機織りの技術を身に付けて村に帰えった女性たちはが、冬場「藤織り」を行っていたそうです。冬の間に織った藤織りは、春に開かれる宮津のお祭りに奉納されていたそうです。

 

それでは、藤織りはどのような工程を経て織られているのでしょうか?以下のその工程をご説明します。

5 藤織りの工程

1.フジキリ(藤伐り)

森から藤の木を伐り出してくる。

2.フジヘギ(藤剥ぎ)
藤の木を木槌で叩いて表皮を剥ぎ、繊維に用いる中皮を採り出す。 

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【藤の木の中皮】

 

3.アクダキ(灰汁炊き)

中皮を水に浸し柔らかくし、木灰汁で炊く。

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【灰汁炊きの窯】

 

4.フジコキ(藤こき)

炊きあがった中皮を皮で洗い、コウバシというV字型の金属で扱いて不純物を取り除く。繊維部分のみが残る。


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【中皮を扱くコウバシ】

 

5.ノシイレ(のし入れ)

米ぬかを溶かした湯に、藤の繊維を浸し、滑らかにする。繊維がトリートメント効果によりさばきやすくなる。


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【ノシイレを行った藤の繊維】

 

 6.フジウミ(藤績み)

  繊維を結び目を作ることなく、撚り合わせて績いでいく。(綿花から繊維を引き出していくことを‘’紡ぐ‘’と書くが、藤などの繊維に撚りをかけていくことを“績み”と書く。ここから紡績という言葉が生まれました。)


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【撚り合わされた藤の繊維】

 

7.ヨリカケ(撚り掛け)

績まれた糸を湯に浸して柔らかくし、糸車で全体に撚りを掛けていく。

8.ワクドリ(枠取り)

撚られて糸車に巻かれた糸を木枠に巻き取る。


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【ワクドリされた繊維】

 

1.ヘバタ(整経)

まかれた糸枠12個をもちいて整経台によって縦糸を決められた本数に整える。

2.ハタニオワセル(機上げ)

荒筬を用いてタテ糸を巻いた後、綜絖と筬へ通し、織り付け布に結ぶ。

3.ハタオリ(機織り)

機織り機で織り上げる。1反織るのに3~4日かかる。

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【機織り機】

 

これらの作業は非常に手間のかかるもので、1.藤の枝の切り出しから、7.撚り掛けまで3か月を要し、糸づくりに1か月を要する。まさに雪に閉ざされる上世屋の農閑期の根気のいる作業だったようです。

 

藤織りの伝統を受け継ぐおばあさん光野ためさん、小川ツヤさんのお二人がいらしたそうですが、数年前に亡くなられました。今回お話をお聞きした藤織り保存会会長の井之本泰さん方有志のみなさんは、おばあさん二人から伝統の技を学び、保存会を立ち上げられました。

保存会では、1989年より毎年藤織りの全工程を学ぶ、12日x7回のかなり専門的な講座を開催しています。藤織り(またはそれに類似した織物)は元々日本各地で織られていましたが、いずれの地方でも伝統が途絶えてしまいました。地元の藤織り(または同種の伝統の織物)を復活させたいと願い人は多く、その人たちが上世屋に毎年学びに来ているとのこと。

講習会を始めて
29年、上世屋学んだ多くの方たちが、島根県、岐阜県、和歌山県など、各地の方たちが講習を受けられて、伝統の復活に取り組んでいることを最後にお聞きしました。


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【井之本さんが織られた農作業の服】

 

井之本さん方藤織り保存会のみなさんの取り組みに感銘を受けるとともに、私たちの「アバカ・マクラメ編み」の今後の取り組みに多くの示唆を頂き、勇気づけられる思いでした。

いつか、井之本さん方藤織り保存会とご一緒に何かできたらと願って岐路につきました。

 

以上

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第37回ツキイチカフェ「平和への一歩~ウガンダの元子ども兵から教わったこと~」

  • 2018年09月03日

91日開催の第37回ツキイチカフェは、栗田佳典さん(認定NPO法人テラ・ルネッサンス・アウェアネス・レイジングチーム マネージャー)をゲストに迎えて、平和への一歩~ウガンダの元子ども兵から教わったこと~」をテーマに開催しました。

 

最初に栗田さんから『平和への一歩』を踏み出すために、3つの「かんしん」を持って下さいと、「歓心:知る」、「感心:感じる、考える」、「関心:自分なりに関わる」について話をされました。


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現在テラ・ルネッサンスは、6か国で100人強のメンバーが、地雷、小型武器、子ども兵に関して活動しています。

今回のテーマの舞台ウガンダは、日本から航空機で丸一日かかる遠い国。首都のカンパラは高地で平均気温23℃と過ごしやすく、最近は高速道路やショッピングモールが建設され経済発展してきているそうです。しかし、2006年まで反政府勢力(LRA:神の抵抗軍)と政府軍との間で20年に渡り内戦が繰り広げられました。


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その間に、反政府勢力により24,000人~38,000人の子どもが誘拐され、子ども兵になったそうです。しかも女の子は反政府軍の兵士と強制的に結婚させられたとのことでした。


反政府勢力が子ども兵を多く使う理由は、大人より従順で死んでもまた誘拐すれば補充がきく、敵も子ども兵には油断する、発砲を躊躇すること、近年の武器が小型化して子どもでも扱えるようになったことなどが上げられます。現在少なくとも世界に25万人以上の子ども兵がいるそうです。

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テラ・ルネッサンスはウガンダの北部グルという都市で、元子ども兵の社会復帰訓練施設を運営しています。

栗田さんが直接現地で携わった少年は12歳で誘拐され、生まれた村へ連れていかれました。反政府軍兵士より、親子二人とも殺されたいか、それが嫌なら母親の手を切り落せと脅迫されたそうです。少年は母親の命を救うため、母親の手を切り落としました。それから少年は二度と生まれた村に戻ることはできず、停戦となる15歳まで子ども兵として戦ったそうです。

別の元子ども兵は、テラ・ルネッサンスの施設で縫製の職業訓練を受けました。過酷な状況に置かれてきたにも関わらず、いつかプロの職人になりたい、人を教える人間になりたいと夢を話していたそうです。

10年後、栗田さんがその方と会った時、立派に成長し、プロの縫製士となってテラ・ルネッサンスの職業訓練校で教師になっていました。



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栗田さんは、子どものころ心臓が悪く、中学2年生の時に手術を受けました。その時、「命の大切さ、支えられることの大切さ」を学び、誰かを支えられる人間になりたいと福祉の勉強を始めたそうです。大学生の時に、世界にはそれさえできない人たちがいることを知り、テラ・ルネッサンスのインターンで活動するようになったそうです。

 

栗田さんが子ども兵から学んだことは、

一人ひとり未来を作る力がある」

「一人ひとりの力は微力かもしれないが無力ではない」

と、最後に話を結ばれました。
 

多くの参加者が、子どもたちが置かれた過酷な状況に衝撃を受け、政府の子どもたちへの支援がない中でのテラ・ルネッサンスの活動の大切さ、外国人がどこまで支援に関わるべきなのかの難しさなどについて、話をされていました。


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以上

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